海外の方へ。日本ではコンピュータのソフトウェアのことを「ソフト」と呼び、ハードウェアを「ハード」と呼ぶ習慣があります

ソフトとハードの鑑別

 認知科学による脳情報処理システムの解明が進むなか、当会はその変革の波を「痛みのパラダイムシフト」と表現しています。同時に「痛みのソフト論」という視座を発信し続けています。

 痛みは組織の障害を知らせる警告シグナルと、同役割をもたないシグナルの二種類に大別されます。前者の痛みをハードペイン、後者の痛みをソフトペイン、両者の混成痛をハイブリッドペインと命名したことが、ソフト論/ハード論という用語の起源になります。

 本記事では、この両用語について当会の意図をお話します。

 その核心に触れる前に、なぜソフトとハードというコンピュータ用語を医療の次元に転用することになったのか?その経緯についてお話いたします。

 1990年代、Windowsパソコンの不具合に悩まされた体験が、本用語の誕生につながっています。

 当時のパソコンというものは、けっこうな頻度で画面がフリーズすることがあり、その原因がハードウェアの故障なのか、それともソフトウェアの問題なのか、どちらなのか判然とせず…。

 微動だにしないパソコンを両手で持ち上げて、思いっ切り放り投げたくなる衝動に何度も駆られました。

 ミレニアム世代やZ世代は、もしかするとこうした経験が少ない、あるいは皆無かもしれませんが、昔のPCはそういう代物だったのです。

 同じ頃、臨床現場において、構造的な次元と心理的な次元の両面からアプローチしていた筆者は、それが器質的疾患による痛みなのか(ハードウェアの故障?)、それとも心因性の痛みなのか(ソフトウェアの問題?)といった次元で頭を悩ませることが多く、パソコンとの格闘体験がオーバーラップした刹那、ソフトペイン/ハードペインという言葉が思い浮かんだという経緯です。

 日本ではPC修理の依頼先の選択肢として、ハード屋と呼ばれるハードウェア専門のエンジニアと、ソフト屋と呼ばれるソフトウェア専門のエンジニアがいて、はたしてどちらに依頼すべきかで悩んだことも一度や二度ではありません(今となっては大手サービス会社に依頼すれば済む話です…)。

 で結局のところ、PCではソフトの問題が圧倒的に多かった…。では人間の場合はどうなのか?

 あらゆる医療の中でも、とくに痛みの臨床に限定した場合、筆者の経験値から得られた答えは「ヒトにおいてもソフトペインが多い」という解釈に帰結しました。

 そこに至るきっかけとして、シャムトリートメント(触るふりをして、実際には触れることすらしなかった偽治療)に対する患者の驚くべき反応…。

 偽治療をした直後、衝撃的に悪化した事例と、反対に劇的に痛みが消えた事例と、その両者-極めて対照的な症例-に続けざまに遭遇したことが、全ての始まりだったのです。

 その日を境に認知科学と医療の融合が筆者のテーマになり、数十年の時を経て、痛みの臨床ではソフトペインが大半を占めるという結論に達した次第です。

 この解釈には、構造的な原因探索と痛みの原因診断は必ずしも符号しないことが含意されます。詳しくは「絶対医学から相対医学へのシフト③」をご覧ください。

 以前、別の記事でお話した通り、もしレントゲン博士の発見より前に、fMRIの開発が先行していたならば、痛みの原因診断は今とはまったく違うものになっていたでしょう。

電離放射線には光と影があるわけで、たとえばX線が発見された当初、レントゲン博士も、そしてX線の実験を繰り返したエジソンも、その有害性(被爆)はまったく知らなかった。もし骨が透けて見える効果(X線検査)が判明する前に、その有害作用のほうが先に認識されていたならば、放射線の研究ベクトルは違うものになっていた可能性があり、その世界線(並行世界)ではX線検査に替わって、被爆のないMRIが広く普及する世の中になっていたかもしれない…。

 
 しかしご承知の通り、多くの医療現場、とくに日本にあってはX線による構造探索すなわちハード論による診断が標準になっており、痛みのパラダイムシフトは限定的(局所的)と言わざるを得ません。

 海外ではオーストラリアの事例(国家的プロジェクトとして腰痛のハード論を否定する内容をテレビCMで全国放送)が有名ですが、日本ではそうした取り組みは皆無です。

NHK番組制作の裏にある世界疼痛医学会の動き

 このようななか、2022年日本の公共放送(NHK)が、「失恋した人の脳では外傷を負ったときと同様の反応が起きていること」を紹介した上で(→こちらのページ)、以下のような趣旨の番組を作成しました。

 「痛みは心の起源であるという学説が浮上しており、事実、非特異的腰痛(原因不明の痛み)には心の働きが深く関わっている。こうした痛みを痛覚変調性疼痛と呼ぶ」→NHK「痛みそれは心の起源

 脳内の変化において「失恋≒怪我」は、認知科学では以前から知られており、当会も一般講演会などで啓蒙しておりました(→こちらのページ)。

 この番組が作られた背景には、実は2020年世界疼痛医学会(IASP)が約40年ぶりに痛みの定義を改訂した事実があります。これまで長い間、医学界はハードペイン偏重の疼痛概念を掲げてきましたが、ついにソフトペイン重視の方向に舵を切ったのです。

 IASPが改訂した痛みの定義は以下のとおりです。

「An unpleasant sensory and emotional experience associated with, or resembling that associated with, actual or potential tissue damage」

 グーグル翻訳では、「実際のまたは潜在的な組織損傷に関連する、または関連する不快な感覚的および感情的な経験」となります。

 日本疼痛学会の和訳定義は、「実際の組織損傷もしくは組織損傷が起こりうる状態に付随する、あるいはそれに似た、感覚かつ情動の不快な体験」となっています。

 簡単に言えば、痛みは感覚であると同時に感情の一部であり、心の働きがつきものだと明言しているのです。

 日本の医学界では、痛みを「①侵害受容性疼痛 ②神経障害性疼痛 ③心理社会的疼痛」の3つに分類し、多くの現場が①および②を前提にした診断を行っています。

 しかし、IASPの改訂が意味するところは「痛みとは事実上③の心理社会的疼痛である」と言っているわけです。前述のテレビが紹介した“痛覚変調性疼痛”も、“心理社会的疼痛”も、当会の概念ではどちらも“ソフトペイン”に過ぎません。

 IASPは同定義に6つの重要な注記を付け加えています。以下はその内容を筆者が要約したものです。 

① 痛みは生物学的、心理的、社会的要因の影響を強く受ける
痛みと侵害受容は別の現象であり、感覚ニューロンの活動は指標にならない
③ 個人が所有する痛みの概念は自身の経験に基づくものである
④ 痛みの経験値には個人差があり、その主観は尊重されなければならない
⑤ 痛みは環境に適応すべく欠かせない感覚だが、ウェルビーングに悪影響をもたらし得る
⑥ 言語による痛みの訴えは表現手法の一手段にすぎず、コミュニケーションの有無に関わらず人間または人間以外の動物が痛みを感じる可能性を否定してはならない

 定義自体の改定もさることながら、刮目に値するのは②の記述です。これには正直驚かされました。IASPもついにここまで踏み込んだ表現をしてきたか!これでハード論とソフト論の関係性は完全に逆転した…。

ハードペインの役割

 2018年、筆者はハードペインの性質を見極めるため、自らに過酷な人体実験を課しました。自分の足にガラス板を落下させて骨を折り、その骨折によるハードペインや二次フレア等がどのような時間の推移で消えていくのかについて分析したのです。

 その結果、純粋なハードペインというものは想像以上に短いスパンで消退していくことを突き止めました。当会はこれを“ハードペインの速順応性”と呼んでいます(その詳細についてはこちらのページ)。

 下行性抑制系の個体差は当然ながら想定すべきものですが、それを顧慮してもなお、成書の記述とは相容れないほどの短時間で収束することが推断されたのです。

 また筆者は骨折治療におけるフィンガートラクションの経験値からも、ハードペインの速順応性を確信しています。たとえば橈骨下端骨折において激しい転位のある症例であっても、フィンガートラクション時はほぼ無痛という事実…。

フィンガートラクションとは?  
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 自身の整形外科クリニックにおける臨床経験値を総動員し、膨大な臨床データを精査し直すことで導き出された筆者の結論は以下のとおりです。

 「身体の動きを停止させることで患部の安定や回復を促し得る部位(運動器など)の損傷においては、ハードペインの真の役割は損傷個所および損傷レベルを脳に伝えることのみである」

 上記が正しいとすれば、ハードペインは自らの目的を達しさえすれば、そのあとはお役御免、任務終了となります(ハードペインの速順応性)。

運動器系のハードペインの役割は損傷部位および損傷レベルを脳に知らせて、意識による判断(安静固定等の対応)を促すことにある。その一方で消化器・内臓系においては、運動器系と違って具体的な安静固定といった処置を取ることができないため、速順応性は設定されていない。

 運動器系においては、ハードペインが生じ得ないタイミングであっても、そこに痛みが持続しているのであれば、「それはもはやソフトペインである」と解釈し得る場面が多い。

 なお消化器・内臓系を含む深部感覚においても、侵害受容器の速順応性あるいは炎症由来(silent afferent neuron)とは別次元の問題として、ソフトペインは相当数潜在しています。

 ハードペインについて考えるとき、最も大事な視点は「どの侵害受容器が反応するかではなく、どのように反応するか?」です。静的時間軸ではなく動的時間軸による考察が真実への近道だと考えます。

 痛み記憶の再生理論で記述している痛みの定義を以下に掲載しておきます。

ソフトペイン・脳の情報処理に起因する痛み(痛み記憶を形成する神経回路の過活動)
組織病変由来の生化学的な反応および体性神経伝達を介さずに脳が生成する感覚(組織病変がないにも関わらず生成される痛みを含む)
ハードペイン・組織の障害を知らせる痛み(外傷や炎症等による痛み)
組織病変由来の生化学的な反応および体性神系伝達を介して脳が生成する感覚
ハイブリッドペイン・上記両者の混成痛

 当会は上に掲げた痛みの三分類をIASPに提起すべく、今後も国際的な活動を続けてまいります。

脳情報処理の深淵

 唐突ですが、鏡は左右反対に映りますね。では、どうして上下は反対にならないのでしょう?そんな素朴な疑問に答えようとするのが認知科学です。

 左右だけ逆転する理由は脳の無意識の働きに因るものですが、これだけ科学が進んだ時代になっても、実は鏡像認知のメカニズムは完全に解明されておりません。ある程度までは分かっていますが、最終的に脳の中でどのような情報処理が為されているのか未解明の部分が残されているのです。

 筆者が認知科学と医療の融合を考えるきっかけとして、先述したシャムトリートメントの件以外に、実はもう一つ大きな転機がありました。それがラマチャンドラン博士の書籍との出逢いでした。

 CRPS(RSD)に対するミラーボックス導入は、当時の私に非常に大きなインパクトをもたらすと同時に、「疼痛マネジメントの未来は認知科学の成果にかかっている」と直感しました。その黎明期にあって、筆者はラバーハンド・イリュージョンとミラーセラピーの融合(ミラータッチングの開発)に成功しています。

 BMI(ブレインマシーンインターフェース)あるいはVR技術が進化した未来においては、痛みの治療はソフト論が主導する時代になっていることでしょう。

 バーチャル空間での触覚等の再現技術が進歩した未来では、仮想空間とリアルの情報統合システムが脳の神経ネットワークを再配線させることで、ヒトのソフトペインが制御できる世の中になっている可能性があります。
 
 現代医学がハードペイン偏重の診断哲学になっている理由には、様々な次元が考えられますが、認知科学においては“非注意性盲目”や“アインシュテルング効果”に代表される確証バイアスの可能性が指摘されています。

非注意性盲目…交差点において対向車線を走ってくるバイクに気づかず衝突してしまう右折事故では「運転手の眼はバイクを見ているのに脳が見ていない」というメカニズム(見えないゴリラの実験が有名)が知られている。
アインシュテルング効果…チェスのプレイヤーに対する視線追跡実験(一定の条件下では名人であっても最短の詰み手を見逃す)が有名。問題の解のうち最もなじみ深いものに脳が固執して、その他の解を無視してしまう傾向を言う。

 ハードペインに固執して臨床の現場に立っている人間の脳は、ソフトペインが見えない…。

ソフト論とハード論

 さて、以上を踏まえた上で、ソフト論/ハード論の意味についてご説明いたします。

 ソフト論とは、人間をPCに擬えた際のソフトウェアの領域すなわち脳の情報処理にねざした、ありとあらゆる学問体系、医療体系、哲学等を包含する壮大な概念です。当会が掲げるCSBM(認知科学に基づく医療)はソフト論の一部に位置づけられます。 

 少しだけ分かりやすい例を挙げます。耳の機能(聴力)は正常であるにも関わらず、ひとたび雑踏の中に入ると、他人の話し声が聞き取れなくなる障害があります。「聴覚情報処理障害(APD)」と呼ばれるこの病態はソフト論の次元と解釈されます。PCで言えば、ハードウェアの問題ではなく、音声認識ソフトにバグがあるケースです。

 他方、聴力(内耳等の感覚器)に障害があって問題が起きている場合は、ハード論の次元として捉えられます。PCで言えば、音声入力デバイスが故障しているケースです。

聴覚情報処理障害(APD)の文脈に従えば、ソフトペインは痛覚情報処理障害と言い換えることができる。しかし当会がこの呼称を採用することはない。なぜならソフトペインの存在意義は極めて奥深いものがあり、これを単なる障害という概念だけで片づけることは困難だから。たとえばギックリ腰やフローズンショルダーの激痛発作が象徴するように、場合によっては「脳の偏ったエネルギーバランスを回復させるべく自衛措置」という解釈がある。→自己相反

 以上を踏まえ、生体の部品に故障が認められるケースはハード論、脳の情報処理の問題であるケースはソフト論という括りで、当会は本用語を使用しております

 したがって、ソフト論またはハード論という分類は、決して是非や正誤の問題ではないことがお分かりいただけると思います。

 ただし、こと痛みに関しては、従来の医学があまりにハード論寄りのスタンスであったため、その修正ベクトルは今後も維持されていくことでしょう。と言いますか、認知科学の後押しを受けて、より加速していくものと思われます。

 本記事で紹介したIASPの改訂が象徴するように、痛みのパラダイムシフトを推進する波が押し寄せる中、日本においてはそうした世界の潮流に乗れない、あるいは乗り遅れるのではないかという懸念があります。これについてはこちらのページをご覧ください。